1912年生まれのドロシー・ロッド・ロビンソンは16歳で父の経営するハーレー・ダビッドソンのディーラーで働き始め、1930年代五大湖地区で行なわれたレースに毎週末エントリーして100マイルレースで見事優勝しました。1937年には二日間行なわれる過酷な「ジャックパインレース」で準優勝を獲得!1940年代には彼女の名前は広く知れ渡っていました。そして世界初の女性だけのモーター・サイクル・クラブ、「モーター・メイド・クラブ」を立ち上げ、年間5000マイル、生涯で150万マイルを走破!1998年にアメリカン・モーター・サイクリスト協会から殿堂入りを認められた女性です。
ベッシー・ストリングフィールドは1930年代ハーレー・ダビッドソンでアメリカ中を走り、そこで彼女が目の当たりにしたものは人種差別や性差別で「肌が黒いことで、ホテルを探すことすらままなりませんでした」と話しています。「私を救ってくれたのは、どこまでも続く道だった」と自分に言い聞かせるように走り続けたそうです。1990年にはアメリカン・モーター・サイクリスト協会から殿堂入りをはたし、死ぬまでに27台ものハーレー・ダビッドソンに乗り、晩年医者からもうハーレーに乗ることを止められましたが、「私がハーレーに乗らなくなったら、長くはいきられないはわ!」と乗ることを止めなかったそうです。このように、モーター・サイクルと歩んできた女性ライダーたちのストーリーにはハーレー・ダビッドソンの大きな魅力が存在していることは間違いないと思います。